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東京高等裁判所 昭和60年(ラ)557号 決定 1985年12月19日

抗告人

甲野花子

右代理人弁護士

村上精三

八代ひろよ

相手方

甲野太郎

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は、別紙抗告状及び抗告理由書の各写し記載のとおりである。

そこで判断するに、本件についての当裁判所の事実認定は、原決定がその理由二に説示したところと同一であるから、これを引用する。ところで、抗告人は、抗告人と相手方との間の離婚訴訟を本案として人事訴訟手続法一六条に基づき本件仮処分申請をなす旨主張するが、現に共同親権者である抗告人及び相手方間における子の面接の問題は、離婚に附随する子の監護の問題というよりは、現在の別居状態に起因して親権者たる抗告人の親権の行使が共同親権者である相手方によつて妨げられていることの回復の問題であり、本件仮処分申請は、親権の一内容である子との面接交渉の仮の実現を民訴法七六〇条に基づきいわゆる満足的仮処分として求めるものと解するのが相当である。しかして、民訴法七六〇条に基づく仮処分については、「継続スル権利関係ニ付キ著シキ損害ヲ避ケ若クハ急迫ナル強暴ヲ防ク為メ又ハ其他ノ理由ニ因リ之ヲ必要トスル」こと、すなわち緊急の必要性の存在することが一般的要件とされていることは明らかである。

そしてまた、右必要性の要件は、親権の実現に関する場合専ら子の福祉の観点からこれを考えるべきものであるところ、本件全資料によるも、事件本人である双方間の長男一郎にとつて本件申請に係る抗告人との面接交渉が緊急に必要であることについて疎明があるとはいえず、かえつて相手方の疎明によれば、現在事件本人は相手方のもとにあつて取り立てて問題にすべき不都合もなく日常生活を送つていることが一応認められる。

もちろん、未成熟子にとつて両親との交流が保たれることは一般的には望ましいことであるが、両親の間に離婚訴訟が係属するなど不和、反目が存する状態において、現実に監護している親権者の意思に反して子と他方の親権者とを接触させることが年少の子の精神的発育にとつて常に好ましいとは限らないから、不和により別居中の共同親権者の一方の意思によつて他方親権者と子との交流が妨げられているというだけでは他方親権者と子との交流を回復すべき緊急の必要性があるとはいえず、本件においても、相手方の意思によつて抗告人の親権の行使が妨げられていること以上に、特に抗告人と事件本人との面接交渉を実現させることの緊急の必要性が存在することを認めるに足りる資料はない。

したがつて、本件仮処分申請は、保全の必要についての疎明に欠けるからこれを却下すべきものであり、右と結論を同じくする原決定は相当であつて本件抗告は理由がない。

よつて、本件抗告を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官森 綱郎 裁判官髙橋 正 裁判官清水信之)

抗告の趣旨

原決定を取り消す。

別紙記載の内容の仮処分決定を求める。

<別紙>

一、被抗告人は、千葉地方裁判所昭和五九年(タ)第八三号離婚請求事件の本案判決確定に至るまで、

(一) 毎月一回、抗告人の指定する日時場所あるいは、抗告人・被抗告人の協議に基づいて定められた日時場所において、抗告人・被抗告人間の長男一郎を抗告人と面接させるとともに、毎月一回、土曜日より日曜日にかけて、少なくとも二四時間にわたり、同一郎を抗告人肩書住所又は抗告人の希望する場所に泊らせて、抗告人と面接させよ。

(二) 同一郎の春期、夏期、冬期の休暇中、少なくとも春期及び冬期については各五日間、夏期については一〇日間にわたり、同一郎を抗告人肩書住所地又は抗告人の希望する場所に泊らせて、抗告人と面接させよ。

二、抗告費用は被抗告人の負担とする。

抗告理由書

右当事者間の事件について、以下のとおり本件抗告に及んだ理由を申し述べます。

一、原決定の判断の理由は概そ次のとおりである。

即ち、親の子に対する面接交渉権を仮処分命令によつて実現するためには、要件として、子の福祉の点から見て著しい損害を避けるためその他の必要性が認められねばならず(理由第三項)、本件の場合、本件に先立つ人身保護請求事件の際、「一郎は債務者のもとで監護養育を受けるのがより幸福である。」との指針が家庭裁判所の調査官より示されたものと推認できること、一郎が現に日常生活及び学校生活において安定した生活を送つていることから、著しい損害回避その他の緊急の必要があるとの疎明がない(理由第四項)とのことである。

二、しかしながら、原決定の右理由は以下のとおり不当であり、違法である。

(一) まず、面接交渉権の何たるかの根本的理解において誤認がある。

面接交渉権が親権もしくは親と子の自然のつながり(親子の情)に基づく権利であり、且つ、面接交渉権の具体的内容の取りきめや実現に際し、子の福祉の観点よりして子の利益の考慮が常になされなければならないことには、何ら異を唱えるものではない。しかし、親は自らの子に対して原則として面接交渉する権利があるのであり、また、一方の親(本件の場合は別居中の親権者)と子の間の面接交渉が事実上の監護養育者である他方の親によつて一方的に拒絶され阻まれていること自体不自然であり、原則として子の利益にも反するものである。

原決定は著しい損害回避の必要性を要件とする旨述べるが、面接交渉権の根拠より考えるならば、現に親と子が会えないというそのこと自体が何事にもまして耐え難い「著しい損害」と言える。原決定は、抗告人と長男一郎とが被抗告人の拒絶により面接交渉を阻げられていることを認定していながら、特に具体的理由をあげることもせずに「著しい損害」の疎明がないとする。この点、権利の性格よりして不当という他ない。

最近の裁判所の判断例においても家事審判事件ではあるが、①京都家昭和五七、四、二審判(家裁月報昭和五八年九月号一〇五頁)、②大阪高裁昭和五五、九、一〇決定(家裁月報昭和三三年六月号二一頁)において、別居中の親権者より、現に子を監護している一方の親権者に対する面接交渉請求権につき判断したものが認められる。そして、これらの判断は別居親権者の面接交渉権の存在を前提とした上で、それを認めるか否か、更には面接交渉の具体的内容をどのように定めるかの各点につき、子の利益に反しないか否かを考慮するという思考過程をとつている。そして、①の事例は、乳児については、「その年令よりして常時相手方(母)の監護を必要とするし、また申立人(父)に対し、面識も親近感も乏しいものと推認される……」として面接交渉を認めなかつたものの、他の子についてはこれを認めたものであるし、②の事例は、結論としては申立人(抗告人)の面接交渉権を認めなかつたものの、その判断にあたつては、申立人(抗告人)の素行、特に同居していた時期の飲酒酩酊による乱行が子らに与えた影響等を考慮して、面接交渉を認めることは子の福祉に反すると判断したものである。

以上のような審判、決定よりしても本件決定の違法性は明らかである。

(二) 次に、原決定が、本件離婚訴訟提起前の子(一郎)の引渡に関する人身保護請求事件の際に、家裁調査官より「一郎は債務者のもとで監護養育を受けるのがより幸福である。」との指針が示されたものと推認できる、とした認定は事実誤認である。確かに抗告人は調査官の説得もあつて、被抗告人のもとより無断で連れ帰つた一郎を被抗告人に引き渡すことに同意したが、それはあくまで一時的、仮定的な対応として説得されて応じたにすぎず、調査官より右のような指針が示された事実はない。

また、百歩譲つて、仮に右指針が示されたと仮定しても、子の引渡に関して示された指針が何故に本件面接交渉権判断において考慮されねばならないのか全く不可解である。面接交渉権は、現に子を監護していない親について認められる権利であるのだから、同権利に関する判断基準は本来的に監護養育者の適格の判断基準とは別個でなければならないはずだからである。

右の点でも原決定の理由は不当である。

(三) 本件仮処分の認められるべき必要性について

本件仮処分は、昭和六〇年の夏季休暇期間中、抗告人が次男二郎を含む親族との旅行に一郎を伴うため、一郎と数日間を過ごしたい(具体的に一泊二日の旅行と、その前後の二泊を抗告人方で過ごさせたい)との要望を被抗告人に対してしたことに対し、被抗告人よりこれを拒絶されたことに端を発する。そして、第一次的には右休暇中の一郎との面接交渉を実現させることを目的として、第二次的には抗告人の一郎との同種の面接交渉を含む日常的面接交渉が今後も被抗告人によつて拒絶される蓋然性が高いことに鑑み、抗告人の面接交渉実現を目的として申請されたものである。したがつて、抗告人の面会の意図が一郎の幸福を願う観点からなされたことは明らかであり、抗告人の母親としての情が世間一般の母親にまさるとも劣らないことは、原決定の認定したこれまでの経緯からしても明らかである。

そして、原決定は、右経過及び抗告人の申請意図を認定しながらあえて面接交渉の必要性を肯定しなかつたものであり、全く承服し難いところである。

また、原決定の認定した事実経過の中にも明らかなように、抗告人は二度にわたり一郎を被抗告人のもとより無断で連れ帰り、その後、それぞれ一郎を被抗告人方に戻しているが、本申請は抗告人がこのような自力救済の方法をとらず、正当な法的手続によつて自己の権利実現を求めたものである。したがつて、原決定のように、特段の事情の認定を経ることもなく全面的に棄却されるならば、抗告人に残された途は、本件離婚訴訟確定に至るまで一郎との面会を断念するか、あるいは自力救済に訴えるかしかない。しかし、そのような結果は、親の子に対する愛情を法的立場よりも肯認し、明文はなくとも面接交渉権を認めている現行法の立場からしてあまりに不当である。

三、以上のような理由により、本件抗告に及んだ次第である。

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